タクシーの運ちゃんと格闘≪八月二十六日≫ ―壱―食堂のイスに座ると、給仕がやってきて、注文を取っていく。 高いレストランと言われながらも、朝のコーヒーを啜っている。 別段日本人旅行者が多いという訳でもないのだが、それでも常時10 人くらいは見かける。 眠い目をこすりながら、タバコに火をつけ、熱いコーヒーで目を覚ま す。 今朝は軽い食事を取る。 ハムエッグにパンを追加して20バーツ(300円)也。 食事を終えて、J-トラベルにまた顔を出す。 お姉さまたちと暫くの間談笑して、この後何組かに別れて行動を取る 事になった。 ホームシックとこれから先に不安をもっている新保君は、少しでも前 に進もうと、一人インド・デリーに飛び、そこからアテネ行きの直行バスに 乗るのだと、切符を手配してしまった。 俺 「そんなに早く行ったって、向こうで退屈するだけだ よ!」 新保「良いもん。」 俺 「ヒッチはどうすんの!」 新保「アテネの近くでやるもん!」 デリーへ行くと決めた彼は、何もすることなく、レストランで 顔を合わせた田中君(京大生)と二人で、タイ大丸へと行ってしまった。 我々三人は、待ち合わせ場所をアートコーヒーに決めると、俺は一人 で次の目的地である、ネパール大使館へ急いだ。 ビザを取得する為である。 陽射しも強く、ネパール大使館はかなり遠い。 ホテルを出たところで、タクシーをつかまえることにする。 ブルー色のタクシーが停まった。 運転手が顔を出したので、地図を広げてネパール大使館に行くように 告げた。 運転手「OK!わかるよ。」 俺 「いくら?」 運転手「25バーツだ。」 俺 「NO!15バーツにしろ!」 運転手「ダメだ!」 もめている所へ、ホテルの専属運転手がやってきて、”乗 れ!”と言うではないか。 俺 「金はないよ。」 運ちゃん「良いから、とにかく乗れ!ネパール大使館だろ。お れは良く知ってるから。」 片言の英語で、俺を強引に引っ張りこんだ。 どうやら、ネパール大使館に行く日本人が多いから、いつも乗っけて ってると言っているようだった。 俺 「15バーツだからな!」 運ちゃん「大丈夫!良いから・・・。」 運ちゃんはニコニコしながら、片言の英語で話し掛けてくる。 (良いカモとでも思ってんじゃぁないの?) いかにも、俺は日本人が好きなのだと顔は笑っている。 車はだんだん街から離れ始めた。 車の数も少なくなってくる。 運ちゃんがキョロキョロし始めた。 俺「何だ!知ってんじゃないのかよ!」 地図をひろげて、道路の名前を確認する。 何度かUターンしながら、地元の人たちに道を聞きながら車は 走った。 俺「やけにこの運ちゃんサービスが良いなー!」 ・・・な、なんと運ちゃん、車を停めて自分の足で探し始めるではな いか。 俺「怪しいな。」 ネパール大使館は、小さな路地の突当たりにあった。 小さな看板が出ているだけの、見落としそうな小さな路地だ。 近づいてみると、大使館はなかなか立派な建物で、広い庭には芝生が 植え込まれており、建物自体もレンガ造りの平屋建ての立派な物だ。 タクシーは門の中に入り、建物の近くで停まった。 俺 「どうも有難うね!それじゃあ!」 運ちゃん「30バーツね!」 ぬけぬけと笑いながら金を 要求してくる。 俺 「とんでもない!前のタクシーだって、25バーツな んだからな。」 運ちゃん「あっちこっち探してやったから30バーツだ。」 俺 「ダメだ!金はないって、言っただろ!」 なかなか、運ちゃんも引き下がりそうもない。 俺 「これしかないからな。」 運ちゃんには、20バーツを渡す事にした。 これ以上は絶対出せないと強行に告げる。 今までの笑顔もどっかへ飛んで行ってしまったような顔をし て、なにやらへたくそな英語で暫くまくし立てていたが、知らん顔を決めて いると、しぶしぶ受け取り走っていってしまった。 俺「あんなもんさ。」 雨季が去って一ヶ月らしく、空はあくまでも青く、緑の青さは 輝くばかりだ。 緑の芝生の中、門から真っ直ぐと石畳が続いていて、途中に守衛小屋 のようなちっぽけな建物がある。 矢印によるとどうもその建物が、ビザの申請書らしい。 らしいと言うのは、まるで人気がなく、ドアにはしっかりと鍵が掛け られていたのだ。 時計を見る。 12:15。 俺「そうか、昼休みなんだ。しっかりしてるぜ大使館は!やる 事はのんびりしてるけど、休みはしっかり取ってるんだ な!」 仕方なく、13:00まで外をぶらつく事にする。 かなり中心地から離れているため、車も人通りもまるでいない。 飯でも食うかと入った店がまた凄い。 とにかく蝿が多い。 店の人には、この悠々と飛び回る蝿が目に見えていないのか、無頓着 で蝿を追っ払おうとしないのだ。 この蝿を見ていると、食欲も起こらず、コーラ一本で昼食を済ませて しまう羽目になってしまったではないか。 昼休みを利用して、ビザ申請書に文字を埋めておく事にした。 英語の辞書を片手に奮闘する。 今までの国のビザと違って、宗教関係の欄が多く、どう書いて良いの か悩む。 ”あなたは、何教徒ですか?” あらためて自分の宗教を問わ れると、本当のことを書いていいのか迷ってしまう。 ここからの国で は、宗教を持たない人間は、人間を否定されるのである。 ”仏教徒か、・・・・キリスト教徒って書いてた方が、・・・無 難かな?” そんなことを考えながら、少しずつ申請書を埋めて行く。 ジャンル別一覧
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